ツイステッドワンダーランド/トレイ・クローバー×リドル・ローズハート
Web拍手お礼の再録です。 『冠をおろすとき』 お礼設定期間:2023年5月27日~2023年10月19日 『誰もあいだにいれないで』 お礼設定期間:2023年10月19日~2026年1月25日
冠をおろすとき
ペンとは比べ物にならない重さ。それは、寮長として担う責任の重さそのものだった。身の丈ほどの杖だけではない。ヒールや王冠、バッスルなど、寮長のみに施される装飾は多い。その負担それぞれが、ハートの女王の威光を借りてトランプ兵たちを率いる者の肩にはのしかかる。寮服で過ごす間、リドルはそれらを誰かに預けたりはしない。学生の身にはやや大袈裟な物言いだが、リドルがそう自負するものだから、トレイは隣でそのために伸びる背筋を見ていたいと思っていた。
「おかえり、トレイ」
卒業試験のため実習から戻ってきたトレイに、リドルは戸口から声をかける。その足音が丸くて、トレイは一瞬振り向くのが遅かった。
一般トランプ兵の寮服を纏ってリドルが立っている。左目の下に控えめに施されたスートはクラブで、赤いアイラインとは妙にちぐはぐだった。その頭の位置の低さに一瞬面食らいながらも、制服の時と同じになっただけだろうとかぶりを振る。
下ろした王冠はどこへ、と聞くとリドルは後輩へ引き継いだ、と事も無げに答えた。
「ボクももうじき四年生だからね」
リドルが寮長ではなくなる。その事実を失念していたことが信じられなかった。トレイにとって、女王としてのリドルは、あまりにも当然のような存在だった。入学して一週間で就任した時、強引さと早さに驚きはしたが、しかるべき地位だ、とすぐに受け入れていた。己がこの学舎を卒業していくことに対する感傷より、王冠をいただかない頭の丸みに感じる寂しさの方が遥かに大きい。最初から、一時的なものでしかなかったのに。
背負っていた重みを誰かに任せられるようになったのだろう。背負っていた重みを任せられる誰かができたのだろう。その人選を何一つ相談されなかったことに驚いている。自身のあまりの傲慢さにトレイは愕然とした。もうとっくに副寮長ですらない、ただの幼馴染みでしかない身で。
リドルが真っ直ぐに目を見てくるので視線を彷徨わせていると、お揃いのスートが目につく。それを授けたのは誰なのだろう。どういう意図なのだろう。聞く勇気も無いまま、この瞬間を永遠にしてしまいたくなった。
「……卒業、したくないな」
「キミがそんなことを言うとは、意外だね」
「急にやり残したことが沢山あるような気がして、な」
「……ボクは、ただの幼馴染みとしてキミと踏み出せる明日が欲しいよ」
そう語りながらリドルは、少し照れたように目を伏せた。
時間を巻き戻すことはできない。リドルが進むのなら絶対に着いていくと、あの時も決めたではないか。過ぎ去った時間にすがりつくうちに、やり残したことを全て取りこぼすのはごめんだった。今できることは今からでも成さなくては。
「ただの幼馴染みじゃ、嫌だ」
「——え」
トレイは帽子を下ろすと、跪く。
「幼馴染みも、寮長と副寮長も——もうおしまいだ。俺とお前の間に、新しくてもっと特別な関係をくれないか」
斜陽のなか、リドルの顔がもっと赤く染まっていく。そして、トレイの前にしゃがみこんだ。
「……新しい関係では、目線を合わせてほしい」
トレイの頬も、熱くなっていく。それを帽子で隠そうとするのを奪い取って、リドルは微笑んだ。
「これは、卒業する時に返させて」
トレイを待たせること。二人で新しい関係を築くこと。その重みと期待を、リドルは頭の上に乗せた。それはトランプのように軽く、王冠のように重かった。
