冠をおろすとき/誰もあいだにいれないで(Web拍手お礼ログ) - 2/2

誰もあいだにいれないで

「だから何度も言っているだろう!? そういうんじゃないって……どうして信じてくれないんだ!」

リドル寮長は今日も電話に向かって怒鳴っている。ポートフェストで一目惚れして告って来たという麓の街出身の女の子は、小柄で一つ年下で明るくてよくはしゃぐタイプ。恋人同士らしいことがしたい彼女ちゃんに寮長が引っ張られている様子は微笑ましかった。はじめのうちは、休みごとにデートに出かけて、朝晩と電話をして、ぎこちなくも楽しそうにしていたと思う。けれどなんでもない日のパーティーや試験で忙しくなってくると、雲行きが怪しくなってきた。そしてとうとう、多忙の合間のデートから、寮長は顔を真っ赤にして怒りながら帰ってきた。

「彼女、何度言ってもトレイとの仲を邪推するのをやめないんだ!!」

ぶつぶつとぼやきながら寮長は、形の不揃いなクッキーを口に運ぶ。

「寮長、それ何?」

「……彼女がクッキーをくれたんだ。本当なら、お菓子を持ち寄って幸せなお茶の時間を過ごすはずだったのに……」

「寮長は何を持って行ったんですか?」

「トレイに焼いてもらったとびきり美味しいタルトを持って行ったよ」

「えっ」

「えっ」

「……焼くトレイくんもトレイくんだと思うけど、ここは一旦スルーしようか。それで?」

「そんなに変なことかい? あの子に本当においしいタルトを食べて欲しかっただけなのだけど……。彼女だって最初は美味しい美味しいと言ってくれたよ。でも彼女が、どちらが美味しかった? と質問してきて……」

「ちょ、ちょっと待ってリドルくん!? もしかしてだけど、トレイくんって言った!?」

「? 言ったけれど……それが何か?」

「り、リドル……嬉しいがそれはさすがに……」

「な、なんだい!? 本人だってわかっているだろうから、嘘を言ったってしょうがないだろう!?」

「ないわー……女心以前に人の心がないわー……」

「う……ウギ……そうなのかな……」

「しょうがねーな、この人は……」という無言の空気が談話室に立ち込める。何とかしてやりたい、今この状態から何とかできるのなら。しゅんとしょげた寮長に、不覚にもそんなお節介心がくすぐられてしまった。そこからは情緒に乏しいリドル寮長が彼女と仲直りできるように、相手無しの男子校生たちが無い知恵を絞りまくった。そのアドバイスを心得てリドル寮長は何度も仲直りの電話をかけるのだが、いつも最終的には怒鳴り散らしてしまう。本当にしょうがねーな、この人は!?

そうこうするうちに一か月経ち、やっと彼女と麓の町のカフェで話し合いをする機会を得た。「やっと仲直りできるかもしれない」と寮長は浮かれているが、俺とケイト先輩はもうダメかも、と顔を見合わせた。だって仲直りのデートで普通「お互い冷静に話せるように友達を一人ずつ連れて行きましょう」なんて提案は出てこない。リドル寮長は、誤解を解くべくトレイ先輩を選んだが、気になってしょうがない俺とケイト先輩、そして何もわかっていなさそうなデュースもこっそり着いて行く。同じカフェの後方の席にこっそり陣取って、聞き耳を立てた。

 

「別れよっか」

案の定、彼女ちゃんは開口一番切り出した。「……な、なぜだい」とリドル寮長は震え声で聞き返す。なぜも何もあんた……。

「トレイのことをまだ誤解しているの? 見ての通りボクとトレイは……」

「ううん、もうトレイさんとかはどうでもいいの」

「……じゃあどうして……」

彼女ちゃんは、何度も練習して来たのだろう。努めて冷静にこう言った。

「あたし、怒りっぽいの直してほしいって、怖いって何度も言ったよね?」

あちゃ~……と俺たちは肩を落とす。リドル寮長も、「それは……」と口ごもっている。

「リドルくんはさ、結局、あたしの言うことなんか、あたしのことなんかどうでもいいんだよね」

「違うっ……! そんなこと……」

「もういいの。もう遅いの。……怒鳴るのってさ、暴力なんだよ。あたしのことをどうでもいいと思ってる君の暴力に、あたし、これ以上耐えられない」

リドル・ローズハートは暴力的な人間か、と言われると、否定はできないだろう。俺も『超攻撃型ヤマアラシ』と評したことはあるし。ただ外見が小柄で華奢で、身内には甘いところもあるからか、共同生活の慣れの中ではついそれと付き合っていくことの難しさを忘れてしまう。

「……ごめんね、なんか……思ってたのと違った」

そう言って彼女ちゃんはコーヒー代をテーブルに置くと、終始静かに座っていた同伴の”おともだち”と共に店を出て行った。

寮長は何かを言おうとして目を見開くが……何も言わず燃え尽きた灰のようにうなだれる。その肩にトレイ先輩がそっと手を置いた。

「……悪い、リドルの人間関係を壊したくてお菓子を作ったんじゃないんだが、こんなことになるなんて……」

「……わかっているよ。彼女の言ったように、キミが悪いんじゃないんだ。これはボクの問題なんだ……」

「リドル……何があっても、俺はリドルの味方だからな」

しんみりとしたムードの二人をよそに、実況解説席の俺たちは、ひそひそ声で無責任な感想戦を始める。

「もうさ、リドル寮長の怒りを受け止められる人か、そもそも寮長を怒らせない人じゃないと付き合えなくない?」

「それってクローバー先輩か?」

「ほらデュースにすらわかることじゃん! なんであの人たちはわかんねーの?」

「いっそあの二人がつき合っちゃえば、平和かもね……全く、いつまで手をこまねいてるんだか」

はあーっとため息をついて10秒後、重く沈んだ空気を振り払うように、俺たちはわざと明るい声を上げながら二人のテーブルへと合流していった。