ツムの上下動はいつまでも/甘く新地を目指す - 2/2

『甘く新地を目指す』2026年7月18日ワンライ参加作品 お題「桃」
 箱の中に、桃が一ダースほど収まっている。白い緩衝材に包まれて一つ一つ並ぶ姿は、襞襟の貴族のようだった。傷つけないようにそっと取り出して、状態を確認する。一つだけ、柔らかくなりすぎているものがあった。トレイはレシピを確認する。一つ欠けたところで、十分数は揃っている。桃を半割にすると、その皮のふちはもう爪を突き立てればべろりと剥けるほどになっていた。シンクに立ったまま、果肉に齧り付く。溢れる果汁が指を滴った。
 ——甘い。
 作業台の上に用意された材料を一瞥する。果実はそのままでこんなに甘いのに、なぜ人は砂糖を使って菓子を作るのだろうか。なぜ人間と砂糖は、果実の甘みに挑むのだろうか。
「トレイ、何を作っているんだい」
 甘みを噛み締めてつらつらと考えていると、リドルがキッチンに現れた。
「これから作るところだよ。そうだ。みんなには内緒な」
 桃のもう半分を剥いて切り分けると、小皿に乗せて差し出す。リドルは「この桃は使わないの?」と言いながら席についた。
「熟れすぎててタルトには使えないんだ。だからこっそり“始末”してくれ」
 ふうん、とフォークを桃に突き刺す。果肉が崩れないように恐る恐る口に運ぶと、みるみる瞳を輝かせた。
「甘い! トレイ、この桃、とても美味しいね!」
「チーズや茶葉と合わせても美味しいらしいんだが、すごくいい具合だから、今日のはそのままで」
 リドルの白い頬は無垢な桃のようで、ますますなぜ俺はこの桃をこんなに加工したいのだろう、と残りの桃のことを思う。こんなにかわいらしく、すばらしいのに。
 けれどリドルが去ったあと、トレイは焼き上がったタルトの上に切った桃を精緻に並べながら、あの顔をさっきの桃以上に輝かせられるかと、わくわくしていた。
 あの顔と、もっと新しい景色を見たいのだ。それはきっと、十分甘い果実があると知りながら菓子を作る気持ちに似ていた。