週報(5/25~5/31)

5/25(月)

・お昼ごはんに買ったスーパーのごはん(ちっちゃい丼みたいなやつ)を開ける時に全部ひっくり返してしまってめちゃくちゃ惨めな気分になって落ち込んでいる。フタとめるテープが値札と成分表のシールに巻き込まれててめちゃくちゃ開けづらい。いやでも私が悪いのか?ハサミでテープを切らなかった私が?

アゲハチョウの終齢幼虫とサナギの写真
サナギの体勢を取っていたやつが無事サナギになったものの、蟻にたかられており、追い払ってやりたいけど自然のままにしておいた方がいいのか迷う。落ちてた葉っぱでそーーーっと払い除けようと試みるも、蟻が小さすぎて全然当たらない。そーーーっとやったつもりが、サナギはびくびくと鬱陶しそうに身を捩る。お前触覚この状態でもあるんかい&サナギでもちょっとは動けるんかい。いや、単なる反射なのか?とにかく、どちらにせよ私にできることはないのか……

・辛ミョン韓国風旨辛ラーメン味食べた!もちもち麺やスープも一緒に煮込むスタイルは辛ラーメンリスペクトなんだけど、スープの味にはオリジナリティを感じた。まず辛ラーメンほど辛くなくて、辛ラーメンに挫折しちゃった人に「これくらいならどうですか?」と手を差しのべている感じだ。あと出汁っぽいうま味を感じる。辛ラーメンを丸くした感じと言いきってしまうこともできるかもしれないけど、それはなんかおもちゃっぽい感じとかパロディっぽい感じというよりは、文化と文化を接続するコネクターみたいな感じで、いいラーメンだな~と思った。

5/26(火)

・昨日ひっくり返しちゃったお弁当に、クレームレベルの構造的欠陥があるのか、それとも単に私が疲れたまぬけだっただけなのか検証するためにもう一度買ってみた。結論、私が疲れたまぬけ。落ち込む。

落ち込んでる。

5/28(木)

アスパラとしいたけと穴子の天ぷらが、楕円形の皿に盛られている写真
アスパラとしいたけと穴子の天ぷらを揚げた。揚げ物苦手なりに上手くできたと思う。でも衣が大量に余っちゃったんだよな~。今度から具材は多めに切っておいた方がよくて、竹輪とか揚げなくても食べられる具材を後に控えさせておけばいいのかも。

・揚げ物得意な人って「下処理まで済ませたら後はどんどん揚げてくだけだから簡単」って言いがちだけど、その下処理って置いといて大丈夫なもの……?具材から出る水分で変化したりしない……?という感覚的な恐れがどうしてもある。白ごはんドットコムの天ぷらの基本も「揚げる直前に打ち粉をして~」とか書いてあるし……。

ヴィーガンブラックメタルシェフがアスパラの天ぷらを寿司ロールに入れてる動画を見たタイミングでいいアスパラをもらって、あ~アスパラの天ぷらって外であんまり見ないかも~!食べたいな~!になってやってみたわけです。ヴィーガンブラックメタルシェフのアスパラの天ぷら、天ぷらっていうかちょっとフライっぽいな。パン粉ォ……つけてるし。

5/29(金)

WE WANT OUR FUTURE主宰のデモ「せんそうさせない緊急アクション」に参加した。デモ初参加……ドモ……。全然勝手がわからなくて、うっかり革マル派のビラもらっちゃったりしたとこはあるけど、特にトラブルもなくぷらーっと行ってぷらーっと帰ってこられてよかった。

・そもそもデモに行こうと思ったのは今日の職場の昼休み、阿倍慎之介の家庭内暴力に対して「娘が悪いよねえ」「怒られ慣れてなかったのかな?」のムードだった職場の人に、「すみません、やっぱり阿倍慎之介が最悪だと思います。駅とかで40~50の屈強なおじさんが二十歳前の女の子の胸ぐら掴んで引き倒してたらヤバ!通報!って思うのに、家庭内で親子だとやっていいことになるのか全然わかんないです」と言ったことだった。本当にこの件も許せないし無茶苦茶胸糞悪いんだけど、「でも本当の親子関係は複雑でわかんないからね」と返ってきたことで、その複雑でわかんない家庭の事情を報じる以上に本来報じるべきこと、怒るべきことがあるんじゃないか?(国家情報局設置法案とか、個人情報法案とか)と思ったのだった。意味わからない接続に思われるかもしれないが……。いやマジでこの件も怒り続けるけどね。暴力の重みがわかんないカスが十万人以上もいるとは。虐待で子供が亡くなると、かわいそうだね、もうこんなことは起きてほしくないねって悲しむのに、折角死なないで済んだら助けを求めた子供が責められるなんてあっちゃいけないだろ。

・とにかく、そんなわけで、仕事が終わり次第晩御飯をかきこんで、本を通販するともらえる折れ曲がり防止段ボールに黒マジックで書きなぐって、ペンライトを引っ付かんで電車に飛び乗った。自分ってこういうスピード感で動けるんだ、と思った。(躁かも……)

・国会議事堂前駅の最も国会議事堂に近い出口は本当に警察によって塞がれていて、ぬるっと通り抜けようとするお兄さんと、「法的根拠ないですよね!?」とそれを応援するお兄さんがいた。私はおとなしく解放されている、ぶっとい道路の向こう側の出口から出て、これどんどん離れてくけど本当に国会議事堂前に行けるのかな、と思いながら、他の人にそれとなくついていった。革マル派のビラをもらっちゃったのは、この時混乱していたのもあるけど、誘導してくれてたから義理で、というのもあると思う。方針には賛同できないけど……。

・なんでもない歩道にステージがあって、そこから人が立つスペースが細長く延びている。デモの時図示されるマップの意味が初めてわかったし、やっぱり広場とかないのおかしいよ、と思った。自分ここにいていいのかな……と思いながらぬるっと空いたスペースに入り込んだら、スピーカーもあって結構いい位置だった。全然聴こえなかったらYouTubeで見ようと思ってたけどその必要はなかった。そのまま少しずつステージの方へ、ちょっとでも空くとすぐに詰めていって、「ここにいてもいいのかな」なんてことは考えなくなった。

・隣に立つ人もちょっとずつ前後して、いろんな人を見た。若い人も老いた人もいたし、各々の表現を持っていた。デモが「表現」であることを、明確に「見る」ことができた。私のみすぼらしいプラカードには、「個々人の人権尊重しろ」「戦争反対平和賛成」と書いてあった。岡本太郎の「殺すな」を意識して書いたプラカは、書いた後にググったら全然到底真似できないカッコよさだったし“殺”って……“殺”ってこんな字だっけ?ってゲシュタルト崩壊して現地で出さなかった。

国会議事堂をバックにしたアタックフォトンペンライトの写真
アタックフォトンが好きだ。好きなキャラにアタックフォトンで2回3回6回攻撃できるのが多いってのもあるけど、ゲージ的に見れば一個一個の行動の積み重ねだし、奥義を撃つ時には絶対必要だし、その奥義が必ずしも攻撃じゃなくて全体回復だったりゲージ追加だったりフォトン追加だったり次の行動に繋がる行動だったりするから。(いうて単体6倍攻撃奥義も好きだけど……)でもスキルフォトンは多様性の象徴だし、チャージフォトンは溜めて溜めて何かに繋げる力だし、フォトンは可能性のエネルギーだから、民主主義の場にふさわしくないフォトンペンライトはないと思う。

5/30(土)

アゲハチョウマンションからみんないなくなってしまった。みんな旅に出て、どこかでサナギになっているのかなあ……。と思ったらお隣のシソの鉢で二匹サナギになっていた。どこにいるのか探してみよう。

・はなかっぱ655話(すげえ話数だ……)『ママとおかあさん』几帳面おかあさんとおっとり大雑把ママと元気いっぱいの娘がただただ楽しく暮らしていますよという回でとてもよかった。ママもはなかっぱ族をちょっと奇異の目で見てしまう、という描写が入るのが、「君も好奇の目で見られていちいち質問されたらどう思う?」「いっさい変じゃない人なんているのかな?」という問いかけのように感じた。この作品の語り方としては、「まあお互い様だよね」としてさらっと流す方法を取ったのかなとも。それはそれとしてたまみママとミシェルおかあさんのなれそめを教えてください。Bパートは674話『やまびこ放課後フリーマーケット』で、三人でフリマに来てミカちゃんのためにかわいいお洋服を買うところが描かれていて、話数的にこの二つって間が空いているけど、今回くっつけて放送することで、「普通のいい家族なんだよ」というメッセージを強調する意図があったように思う。

・アウルハウスのウィローの両親とか、ムーンガール&デビルダイナソーのケイシーの両親とか、DCスーパーヒーローガールズのグリーンランタンの両親とか、ちゃんと見れてないから例に出すのは気が退けるんだけどシーラとプリンセス戦士のボウくんの両親とか、さらっと同性の両親が出てくるのって海外アニメでは結構浸透してきてると思ってたけど、日本で最初にこれやってくれるのってはなかっぱだったんだ……。(こっちが最初じゃない?が他にあったらぜひお寄せください)

・トレリド子育て時空の子供たちも、きっと彼女たちは彼女たちの物語の主人公で、その物語においてトレリドって「さらっと出てくる同性両親」なんだよな、というのは後半意識して書いていたように思う。特に『日常』とか。

・「登場人物の親が同性カップルだったくらいでなんなんだよ!本筋でやる同性間ロマンスは全然増えてくれないじゃないか!」という意見も見たことがあるけど、同性両親みたいに「さらっと」描かれるのと、本筋で「ドラマチックに」描かれるのって、どっちも違った目的と効果があって、どっちも重要だし、増えてほしいと思ってる。ブルースカイやマストドンで何度か言ったと思うけど、何度でも言わなきゃと思っている。

・『ザ・スーパーマリオギャラクシー・ムービー』を観た!一作目ほどの衝撃はないけど、アクションとか「これマジでどうなるの!?」みたいなスペクタクル感は強くて、めっちゃ楽しかった~!ピーチがめちゃくちゃ強くてかっこよくてサイコ~!一番好きなピーチは一回り巨大化してマムーを逆さ吊りにするピーチです。ヨッシーはもう少し活躍してくれたら嬉しかったな~と思ったけど、ああいう出会ったばかりなのに当たり前みたいにイツメン面してるのもヨッシーらしいかなと思った。家族が「喋らないだけで沢田ユキオのヨッシーだった」と言っていてあのちょけ方は確かにな~!

・マリギャラムービー、言われてるほどテーマが無いとは感じなくて、「家族」「創造性」はテーマとしてあるだろと思った。ロゼッタがチコに絵本を読んであげるのと、クッパがジュニアに一人劇やってあげるのっておんなじで、そこで創造性って良くも悪くも影響を与えるパワーがあるから人を傷つけるのにどうか使わないで、というテーマを読み取った。

・クッパと同じ時間をほとんど過ごしてなかったジュニアが、あの世界征服プロパガンダ一人劇を宝物みたいな思い出にしていて、クッパは「あれは間違いだった」なんて言えないよな……。

・ロゼッタの設定については、まあ元々ロゼッタって“母”であり“娘”であり“姉”であり、つまり“妹”“恋人”以外のすべてなのでまあそういうこともあるか~!と思った。オデッセイでボツになったらしい白シャツジーンズアコギロゼッタもどこかで見たい。

・ケネス・ブラナーの『オリエント急行殺人事件』も見た。以下ネタバレ

「全員でやった」だけ知ってたんだけど、それが「12人全員で殺された幼子のことを思って一人一回刺した」だとは知らず……。「わかってて見逃した」みたいなもっと緩い共犯だと思ってた。バランスにこだわり、殺人を許容しないポワロが犯人達を見逃して列車を降りるのすごく優しいけどビターな結末で、でもポワロは次の事件に向かって謎を解き続けるのが、真の探偵としての強さって犯人を裁く力ではなく折れない力なんだな、と思った。あとカメラワークがめちゃくちゃめちゃくちゃカッコいい。

5/31(日)

・『カウント・ゼロ』に続き『モナリザ・オーヴァドライヴ』を読み終わった。面白かった~!『カウント・ゼロ』が「え!?これで終わり!?」みたいなとこで終わるので間髪いれずに読んだけど、そうしてよかった。『モナリザ・オーヴァドライヴ』圧倒的に面白い。やっぱりギブスンって昔のSF作家の中ではぶっちぎりで、私が読んだ中ではル=グィンとティプトリーの次に“女性”が書ける人なんだな……。モナが、ヒモの武勇伝や独りよがりなセックスには内心かなり冷ややかでありながら、困ったことがあるとセンパイ的な女友達、いつの間にか亡くなってしまったラネットのことばかり思い出してるの、すごく良かった……。あとサリィ(モリィ)って『ニューロマンサー』からずっとかっこいい存在だけど、『モナリザ・オーヴァドライヴ』で13歳の久美子の目を通して、生き方を教えてくれる存在として書いたことでかっこよさの質が一段上がっている気がする。黒人男性の書き方は異化したマジカル的なかっこよさもある気はするけど、女性の書き方とかもあわせて鑑みると相対的に白人男性に対してちょっと劣等コンプレックス的な冷めた部分があるのかなあ、という気もする。どこかちょっと情けなくて寂しくて惨めで、真理に手を伸ばしても届かない白人男性キャラクターが多いように感じられた。その中で結末を考えると、カウント・ゼロ=ボビィのことはずっと特別にしたかったのかな、と思う。あと構造物とかロアの存在感もすごく良くて、なおさら今AIって呼ばれてるものをAIって呼びたくないなあの気持ちが増した。