あなたの証言は法廷であなたに不利な証拠として使われる(または、使われたことがある) - 3/6

【3】

「私は過去を変えるなんて悪いことをするつもりはないんだよ。ただ知りたいだけ。知らしめたいだけさ。だから”時の願い”を渡してくれないか?」
 セカンドが、「僕だってNRCの一年生です」とマジカルペンを構えて皆に並んだ。
「姉さん、僕は十分悪いことだと思う。知るはずのなかった過去を知ったら、きっと未来が変わってしまう!」
「それの何が悪い? 未来は私たちみんなのもの、つまり私のものだよ。私は世界中が真実を知った未来しか欲しくない」
 ドミノはマジカルペンを抜いた。その魔法石は黒く濁っていた。
「オーバーブロット寸前じゃないか! そんな状態で魔法を使ったら……!」
 リドルの叫びに、ドミノはこともなげに「それなら、もうしてる」と言った。着ている黒いバンドTシャツを、インナーごと無造作にめくり上げる。
「何をしておいでだい!! おやめ!! はしたない、みんな見るんじゃな……ッ!?」
 その肌には多様なタトゥーがところ狭しと刻まれていたが、胸の中心にある”それ”は、どう見ても異様だった。歪な時計の禍々しい針が、肌の上を蠢いている。鼓動のような速さで、秒針が脇腹を、乳房を、鎖骨を、首を指していく。時計らしく規則正しいのに、魔物のようにおぞましい入れ墨だった。
「ファントムはずっとここにいる。私は取り込んだ遺物のおかげで共生できているんだと思う」
「……寄生って言うんじゃないか、それは。大体遺物って何なんだ」
 ドミノはトップスを下ろして、トレイの指摘には答えることなく笑った。入れ墨の時計の短針がぐんと伸びて、顎の下を指す。
「かつてハートの女王は“時”すら支配下に置いたという。それにまつわる乗り物の欠片を私は手に入れて、たくさんの”時”と接触する力を得た。引き換えにユニーク魔法を失ったけれど、それでも私は——十分強い!」
 吠えるや否や、ドミノは床を蹴った。クイズめがけて飛ぶように距離を詰める。「させるか!」トレイが植物の魔法でバリケードを張り、ケイトは同じ魔法で捕縛しようと蔦を這わせる。セカンドは何にも属さない魔法の弾を放ってドミノを足止めしようとする。
「鬱陶しい!」ドミノはそれをかわすと火の魔法の一振りで蔦を焼き落としたが、そのために足が止まる。
『首をはねよ』オフ・ウィズ・ユアヘッド!」
「ハハハ! お父様のいつものやつだ!」
 妨害のために向かい風として使われていたエースの風の魔法を逆に追い風にして、ドミノは背後へ避ける。デュースの大釜は狙いを外し、厨房の床でけたたましい音を立てた。
「お姉ちゃん! やめて! お願いだから——」
「素晴らしいものを見られるのに、一体みんな何を怖がっている?」
「わけわかんねえでけえことばっかり言ってんじゃねえぞっ!」
 蔦の壁を炎で燃やしにかかる。デュースが俊足で間合いに入り込み、力業で取り押さえようと掴みかかっていった。ドミノはダメージジーンズのポケットから小瓶を取り出す。開けると、蓋には輪のついた棒がついていた。それを長い腕で大きく振りかざす。「シャボン玉なんかやってる場合かァ!?」次の瞬間、ドミノの姿が不可解に消えた。
「なっ……」「後ろだよ!」
 ドミノはエースの背後にいた。厨房のドアが閉じていく。「い゛っ!?」背中を蹴られたエースが目を白黒させて膝をつく。「にゃろう!」ドミノはグリムがでたらめに吐いた炎を氷魔法で相殺した。
「瞬間移動か!?」
「さっきユニーク魔法はないって言ってたよね!?」
「あれも”遺物”なのかい……? でももし本当に瞬間移動なら、なぜこちら側に来ないんだ?」
 デュースは何度も諦めずにドミノに掴みかかっていく。その度にドミノは不可解に逃げ続ける。トレイにケイト、リドルはデュースに当てないよう苦心しながら、氷の魔法で床を凍結させたり、引き続き捕まえようと蔦を伸ばす。しかし、なかなか状況は動かなかった。
「デュースは相変わらず熱血だね! ——おっと!」とうとう、その手からシャボン玉の容器が零れ落ちた。「やりぃ!」エースがそれを風の魔法で絡めとる。見よう見まねで大きなシャボンを作ったが……何も起こらなかった。改めて容器を見ても、それはポップな書体で『Orbble Juice』と書かれた何の変哲もないどこにでもある安価なシャボン玉のボトルだった。
「マジかよ……これはただのシャボン玉で……使うのが能力ってこと?」
「たくさんの”時”と接触したと言ったろう? 時間の大平原で車輪を回すおじさんに時の川で船を漕ぐ青年、ウサギ穴の白兎女、そしてタイムベイビーとタイムポリスたち……。そういった時の管理者たちに比べれば、こうした道具はずっと従順さ。シャボン玉に乗って時をスワイプするのは何ともメルヘンで面白いよ!」
「そうか……だから過去に自分がいた位置にしか行けないのか!」
 ドミノは別の瓶を取り出すと、中の液体を床にまいて水たまりを作った。そこに飛び込んで、一瞬姿を消す。すぐにまた姿を現して、不思議な水たまりは何の変哲もない水になってしまった。
「デュース! 足元!」
「うわっ! っつ……!」
 デュースの足元になかったはずの大釜が転がっていて、デュースはそれに足を突っ込んで転倒してしまった。相対する全員が、数秒前にドミノが一瞬二人に分裂してそこに大釜を置いたという記憶に戸惑った。
「折角のタイムプールをこんなことにしか使えないなんて! 超自然現象ほど不服従なものはないね!」
 ドミノは大釜に向かって氷の魔法を放ち、デュースの足とともに凍結してしまった。身動きが取れなくなったデュースを尻目に、今度こそ厨房の奥へと歩みを進める。「俺のことは後でいいんで! 止めてください!」「デュース! すまないね!」「エースちゃん! デュースちゃんお願い!」
 追い詰める蔦を炎の魔法で退けながら、ふとドミノはデュースに駆け寄るエースを見た。凍結した床を滑って急接近すると、エースの脇腹を蹴り飛ばす。
「ごっ……! またかよ……っ!」
「悪いね、返してもらうよ」
 シャボン玉の容器を奪い返すと、もう一度魔法が飛び交う厨房の奥へ突進した。「何度だって、やり直せばいい」また時間移動による理不尽な回避が始まる。
「っ……ユニーク魔法じゃないとしても……いけるか!? 『アンタのとっておき、いただくぜ』! 『切り札頂戴』ジョーカー・スナッチ!」
 コピーした時の力でどこまでのことができるのか、その時のエースはがむしゃらで何もわからなかった。ただこの学園、この厨房に初めて訪れたドミノよりも自分のほうが活用できるのではないか、ということがまず浮かんだ。洗い場に置かれていた洗剤のボトルを乱暴に押し出す。シャボン液は何だっていい。水の魔法で空中にシャボン液を作る。風の魔法でシャボン玉にする。そしてそれに乗ろうとした、その時だった。
「げっ……ぇ…………!?」
 立っていられなくなって膝をつく。厨房の床に嘔吐する。エースの状況に、戦っていた全員が視線を移す!
「エース!」
「どうしたんだい!?」
「え……!? 変なとこ強く蹴っちゃった!? ごめんね!?」
 この状況でドミノは初めて狼狽していた。ひどい頭痛とめまいでも聞こえたその声が、なんだかエースはおかしくてたまらなかった。
「確かに、”盗れた”……けど、これ……」
「……エースには無理だよ。遺物がないんだもの」
「いや、これだけはわかる……! 遺物とか関係ない、ドミノさんさあ……こんな魔法使い続けてたら頭おかしくなってそのうち死ぬ!」
 ジョーカー・スナッチがコピーした魔法をどれほど解析できるのか、それはエースの練度次第で、まだ読み取れない部分もあるのだろう。けれど、エースにはそれだけは確信できた。
「何を……馬鹿な……」その時、ドミノの目と鼻から一筋の血がつたった。これまで何事もなかったのは、思い込みによるまやかしだったのだろうか。
「ちょ、話変わってきたじゃん……」
「では尚更、放ってはおけないね……」
「ああ。救うためにも、止めるんだ」
 それを聞いてドミノの顔から表情が消える。簡単な治癒魔法の一振りで血と傷を拭うが、ほとんど何の意味もないだろう。
「……エースやデュースを痛めつけた相手に対してなぜそう思える? 私が破滅したところで何の問題がある? あなたたちは“まだ”私たちを知らないだろう」
 ドミノとリドル、スレートグレーの瞳同士が睨み合う。片方は何も省みない力を燃やして、もう片方は未来に全てを望んで。
「ボクの子にしては随分と馬鹿なことをお言いだね! ボクの子であっても、ボクから何も奪わせたりするものか! キミを、キミたちを、キミたちと過ごすボクらの時間を、絶対に奪わせたりしない!」
「お前の弟たちと過ごしたのは短い時間だが……お前たちの知る”俺たち”を知るには十分だよ。俺がリドルと……お前たちと一緒に幸せになれるのなら、そうできる、そうするはずだ」
 リドルと子供たちと一緒に生きていく未来をトレイが受け入れられなかったのは、幸せに怯えていたから、幸せがけしてそれのみで存在するものではないことをよく知っていたからだ。だがもう、尻込みしてはいない。危機を意識しながらリドルに並び立つ今のトレイにはもう、”自分がどうしたいのか”がよくわかっていた。子どもたちの証言する未来に、なりたかった。
 会話の隙をついて、ドミノの身体が泡に包まれ、厨房の奥から一気に入口へと戻される。
「エース! お前はいつも私にいじわるをする——」
「はは……盗れは、したんだって……未来の俺たち、相当お前に手を焼いてるみたいね……寮長! トレイ先輩!」
『首をはねよ』オフ・ウィズ・ユアヘッド!」
 ドミノの首に枷がはまり、身体全体が蔦に拘束された。