あなたの証言は法廷であなたに不利な証拠として使われる(または、使われたことがある) - 4/6

【4】

「姉さんの馬鹿……!なんでそこまでして歴史に執着するんだ……!」
「そうだよ、こんなに取り返しつかない状態になって……」
 泣きながら問い詰める弟妹に、ドミノはバツが悪そうに顔を逸らした。
「だって……お前たちが……望んだことじゃないか」
「……はぁーーーーー!? そんなこと望んだ覚えないよ!」
「いいや、言ったね。ハートの女王に会ってみたいなあって」
 言った、言ってないの不毛なやり取りに現代の人びとが呆れる中、クイズが放った一言は場を凍り付かせた。
「あーあ、”時の願い”があれば確かめられるのに……」
「えっ? ……Qちゃんが持ってるんじゃないの?」
 ケイトの問いかけに、クイズは首を傾げる。「持ってないよ?」
「「それを、早く、言え!!」」姉兄が声を揃えて叫んだ。
「言おうとしたけど~……」
 一瞬掴んだのは確かだが、何者かに払い落とされてしまったとクイズは証言した。
「じゃあ一体誰が……」
「やれやれ、あの荒くれ娘はおとなしくなったか?」
 突如、そこに奇妙な人物が現れた。マッチョな長身の男で、いかにも軍人か警察官といった風体だが、服装だけが奇抜だった。まるで、ありがちなSF小説の……。
「タイムポリスの人!」
「正確には、タイムパラドクス取消実行部隊の者だ」
「私が正当に手に入れた”時の願い”を取り上げるなんて、随分とケチな組織なんだね?」
「そう、我々は君たちにこれを渡さないわけにはいかない、けれどツイステッドワンダーランドこの世界のねじれを暴かれるわけにもいかない。だからご両親たちが君をこらしめるのを待っていたというわけだ」
 時間の軍人はクイズに奇妙な球体を手渡した。ガラスのようなアクリルのような透明な球体の中で、抽象化された砂時計のシンボルが金色に輝いている。
「よかった、これで帰れる——」
「その前に見たいものがあるんだけど」
 ほっとため息をつく兄の声を遮って少女が願うと、球体は一層輝きを増し、消えた。
 
 
***
 
 
「ここは……」
 一団はとある一軒家のリビングルームにいた。ソファの後ろや壁の隅に、窮屈そうに立っている。
「折角の”時の願い”を! 帰れなくなったらどうする!?」
「この人タイムパラドクス取消実行部隊の人なんでしょ? 私たちのことも何とかしてくれるんじゃないかなーって」
「まったく余計な仕事を増やしてくれたな……」
「おい! この家のやつらに気づかれちまうんだゾ!」
 グリムが慌ててソファの陰に身をひそめる。この家の子供たち三人が、ソファに座ってテレビを見ていた。こんなに近くで話しているのに、気がつく様子はない。見えていないのだろうか。それがエレメンタリースクールごろのドミノとセカンド、プリスクールごろのクイズだと気がつくのは簡単だった。
「……ああ、ほら。始まるよ」
 大きなドミノの言葉とは裏腹に、テレビ番組は終わりに向かっていた。歴史のミステリーを、クイズを交えて紹介する休日夜の長寿番組だ。初代司会者を模した人形がポイント代わりに授与されたり没収されたりしていた。
「今週も面白かったね。ハートの女王の庭園の場所がこんなに諸説あるだなんて」小さなドミノが、次回予告まで終わったのを確認してテレビを消す。
「ハートの女王ってすごいなあ……」まだ興奮冷めやらぬ様子で、小さなセカンドがうっとりと呟いた。
「会えたらいいのにな……」「会いたいねー!」
 無邪気に言う弟妹に、小さなドミノはびっくりするほど優しく微笑む。
「へえ、じゃあお姉ちゃんがいつか会わせてあげるよ」
 そこで両親が廊下やキッチンから姿を現した。「三人とも、そろそろ歯を磨いて寝る時間だぞ」「明日も休日とはいえ、夜更かしをしてはいけないよ」
 未来の、あるいは過去の家族はリビングルームから出て行った。電気が消されたリビングに一団は立ち尽くす。
「こんな……こんなことで……!」セカンドが声を張り上げて膝をついた。
「『ワンダーランドミステリーアワー』が終わったのはもう8年近く前のことじゃないか! そんなことにこだわって! 姉さんは本当に馬鹿だよ!」
「……知識や真実は力で、私は君たちに力を与えてあげたくて……」
「僕たちがそうしてほしいって頼んだ!? いつも一人で突っ走って……たまには僕たちの話も聞いてよ!」
「……もっと喜んでくれると思ってたし、できるって思ったら、止められなかったんだよ」
 これまで自信満々に笑ってきたドミノが、初めて情けなく笑った。
「私はきっとパティシエになったなら世界中の人間に“美味しい”と言わせなくては気が済まないだろうし、きっと政治家になったなら世界を隅々まで支配したいと思うだろう」
 トレイとリドルの方をじっと見つめる。
「どうしてもいつかあなたたちの手を振り払っていくだろうね。……覚悟しておいた方がいいよ」
 トレイとリドルは顔を見合わせると、ドミノに柔らかい微笑みを向けた。
「もう十分、」「わかったよ」
「懲りないやつ……ていうか、あの番組って終わるんだ……」
「なんか永遠にやってる気しちゃうよね~。あー、未来のネタバレ知っちゃったな~」
「ダイヤモンド先輩、すげえことが起こりすぎたんでそれどころじゃないんじゃ……」
「ふな……? もしかして、ここで宝くじの番号とか見とけば、ツナ缶食べ放題なんじゃねーか!?」
 タイムパラドクス取消実行部隊さん、グリムがなにかやらかす前にお願いします。と監督生が状差しの新聞に飛びつこうとするグリムを抑えながら言った。相手の所属をちゃんと言えず、タイムポリスの人、と言ったかもしれないが。
「では、そろそろすべてを”なかったこと”にするか」
 タイムパラドクス取消実行部隊の男が腰に下げた巻き尺のような道具を引き出す。光とともに巻き尺がケースに収まった時、一団の姿はリビングから消えていた。
「どこへお行きだい?」廊下を洗面所とは反対方向へ行こうとする一番上の娘を、赤毛の父親が引き留めた。
「書斎にね。歴史のことで調べたいことがあって」娘は悪びれもせず答える。
「もう遅いんだから、明日にしなさい。そうだ、明日図書館に行ってみてはどうかな」
「うちにだってちょっとは歴史の本あるじゃん、今気になるのに……」
「歴史なら図書館の方が蔵書は豊富だし、なるべく多くを比較する方が豊かな視点が得られるよ」そう言い聞かせながら父親は、娘を洗面所へ追いたてる。
「ほら、図書館は明日にならなきゃ開かないんだから。早く寝なさい。本を読むのは、著者の声が聞けるからいいことだけれどね」
「はーい……」
 ふと、父親は立ち止まった。「どうしたの?」と見上げてくる娘に、少し寂しい微笑みを向ける。
「……でもね、ボクたち両親や、きょうだいや、ケイトたちや、周囲の人のお話もちゃんと聞いておくれ」
「……当たり前のことじゃん、変なお父様」