・『ウィキッド永遠の約束』を見た。『No Place Like Home』あたりから今の世相に重ねて泣いてたし、『As Long As You’re Mine』で「今そんなことしてる場合かな!?」になって一旦涙引っ込んだけど、『No Good Deed』あたりがもう本当につらくてつらくて、そこからラストまでずっと泣いていた。「今そんなことしてる場合かな!?」とは言ったけど、個人の喜びと社会に抗う活動を両立させることの困難さとかを伝えるために必要なのは間違いないと思う。でも異性愛が出てきて「これってそういう話なんだ!?」にはなった。「突然同性愛が出てきた」とか言う人ってこんな心境なんでしょうか。いやフィエエルは『ふたりの魔女』から惹かれあってるし、突然に見えるものは実際突然ではないことがほとんどなんですね。グリエルが同じくらい特別でロマンティックであるように。
・『Teacher, Incubus, Lover, Right-hand』はMr.Bigの『Daddy, Brother, Lover, Little Boy』だし、『Choose your own Wonderland』はGoldfishの『Choose your own adventure』だし、『Think Red, count to The Third』はコードウェイナー・スミスの『青をこころに、一、二と数えよ(Think Blue, Count Two)』だし、『Vice Housewardenal Guidance』はJudas Priestの『Parental Guidance』だし。『寮長バカ一代』は野中英次の『課長バカ一代』だし、『汝、海になれ陸になれ』は諸星大二郎の『汝、神になれ鬼になれ』だし。『天国に結ぶ恋』は人間椅子の『天国に結ぶ恋』だし、『11月1日、日常にて』はCaravan Palaceの『12 juin 3049』だし。『其は優しき深淵の底』は『其は運命と争う獣』(メギドのアガレスイベの曲)だけどアガレスイベとの関係はあんまなくて強いて言うならアガレスがいきなり崖を飛び降りたシーンから“底”をひらめいたのかもしれない。イメソンは人間椅子の『深淵』だけどこれは底の知れない“深淵”だし。『仕事をやめてくれ、と恋人は言った』はディックの『流れよ我が涙、と警官は言った』だけど、こんなかっこいい構文をここで使っちゃうか!?という気はしている。まあ趣味なんだし何度使ったっていいとは思うけど……。ディックの小説ってスケベだからスケベ小説で使いたいだろ。でもさすがに『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』はここぞってとこで使いたいよな。『兄よ、兄よ、なぜ狂う』は『ドグラ・マグラ』の「胎児よ胎児よなぜ踊る」だけど、『ドグラ・マグラ』は壁の向こうから「お兄さまお兄さま」と呼ばれるところから始まるのでギリ関連性あるな。『薔薇よさらばと言わないで』はイメソンにしていたSwingrowersの『Rose』が「Bye bye rose you’re my love」で歌い出すのが好きで、この曲自体はアルバムアートからしてきっと『星の王子さま』モチーフなんだろうけど、じゃあ薔薇からしたらそんなこと言わないでよって思うよな、ということでこうなった気がする。実際トレリドも『星の王子さま』なんだよな……。『あなたの証言は法廷であなたに不利な証拠として使われる(または、使われることがある)』は『怪奇ゾーングラビティフォールズ』9話のセリフからだけど、『こうしてあなたたちは時間戦争に負ける』とかタイトルで『あなた』って呼びかけてくるのってドキッとしてかっこいいなという気持ちもあったと思う。『歯医者さんで会うた人やろ』は言わずと知れたP-MODELの『美術館で会った人だろ』だけど、「なのにどうして街で会うといつも知らんぷり」という歌詞はL少年の卑屈さや焦燥感っぽくて、「流れよ我が涙構文」よりは「ここで使っちゃうか!?」感は薄い。アーバンギャルドの『保健室で会った人なの』もあるかも。というか最初は『保健室で会った人やろ』にしようとしてた気がする。でもやっぱストレートすぎるし、この話ってリドルと同じかそれ以上にトレイの方が重要だと思ったし、“歯科医院”じゃなくて“歯医者さん”って言うのがL少年っぽくて歯医者さんになったんだと思う。『美術館で会った人だろ』ってそれ含めて散々もじられてると思うし、これも何回使ったっていいかもしれない。
・列挙しててハヤカワSFの日本語訳からの影響が強いことはわかったが、めっちゃ好きなアーシュラ・K・ル=グウィンのもじりがないことに驚いた。考えられる理由①高校生の頃に読んでいたディックの方が言語としてインストールされている②ル=グウィンの訳をやっている人とタイトルのセンスが合わない③そもそもル=グウィン先生はめちゃくちゃ質実剛健でシンプルなタイトルをつける(『辺境の惑星』とか全然お話の良さが伝わってこないじゃん!ぷんぷん!としながら開いたところ原題は『Planet of exile』だったのであっ……すっ……になった) でもル=グウィン先生のタイトル邦題だと『闇の左手』『天のろくろ』『所有せざる人々』『帝国よりも大きくゆるやかに』はいいと思う……。
・あと『帝国よりも大きくゆるやかに』と同じく『風の十二方位』に収録されてる『視野(The Field of Vision)』『相対性(Direction of the Road)』がめちゃくちゃめちゃくちゃシンプルで、そしてめちゃくちゃ面白いお話に対して過不足なくてすごいと思う。こういうズバッ!!!!としたセンスにも憧れるけど、やっぱり単語より文章の形でギラギラした派手なタイトルが今は馴染む……。
・あとメギド72のサントラとかイベントタイトルとか技名の名付けがやっぱすごく好きだな……。前述した『其は運命と争う獣』もそうだし、『はぐれ者のディナー』『悪戯スーパーセル!』『すべては老獪なる手の上に』『私は故に諍う』『合わせ鏡のエレジー』『魅惑狂騒曲』『複素平面心電図』『全知不徳の怪物』『悠遠に臨む』『どこまでも自由』『非生命の咆哮』『獣と踊る』『本能がままに進め』『奇しき我が命運』『冥府の揺り籠』『天地万物を戴く』『翼あれど』『さらば哀しき獣たち』『狩人よ、獣の前に跪け』『銃と私とあいつとそいつ』『汝、罪人なりや?』『恋は拷問、愛は処刑』『生と死と、それぞれの個と』『聞かせてくれ、お前の歌(ことば)を』『至極天の終夜』好きな文字列が尽きない~。英語にするか、カタカナにするか、というところで『ダンス・ウィズ・フォーチュン!』と『Place your bet』が同じイベントの曲として採用されている判断もすごいと思う。私だったら揃えたくなっちゃう。でも完全インストゥルメンタルのシックなジャズのPlace your betは英字の方がいいし、陽気な声が入るダンス・ウィズ・フォーチュンはカタカナの方がいい。プレイス・ユア・ベットもDance with fortuneも違う。イベント『そして灯火は静かに消える』の中で楽曲『そして炎は燃え盛り』『記憶は灰の中に』が使われているのもたまらなく美しい。
・フィットボクシングってリングフィットアドベンチャーと比較すると「ゲーム(音ゲー)として全然出来がよくない」「セリフのバリエーションが少ない」っていう欠点があるよな……。私がやってるのは2なんだけど3ではその辺改善されてるんだろうか。ヴィレッジピープルのYMCAは全然動きと音が合ってないし、ボン・ジョヴィのIt’s My Lifeはなんか倍速になってて謎の気持ち悪さがある。そう、音ゲーって曲とプレイヤーの動きが合わさった時の気持ちよさを追求するものだと思うけど、逆に気持ち悪いのだ。「セリフのバリエーションが少ない」についてはどんなにいい声優さんを使っていても自分に負荷をかけながら毎日同じセリフの繰り返しを聴いているとお人形さんにしか見えなくなってくる……。