0802 Freeday!『回る車輪と歌って』
それを貸し出す店はロープウェイの駅を降りてすぐのところにあった。あまり借り手は多くなく、誰もが素通りしていく。
「メストラスの地元民ってみんな割とこれ嫌いなんだよね」
たまたま同じロープウェイに乗り合わせたドラゴンズの三人がエンジン音を轟かせながら発車すると、後には砂埃が舞った。
「嫌われるわけだ」
「乗ってる時も埃すごいから、マスクした方がいいよ」
「運転したことあるのか?」
「普段あんまり乗らないけど、一応は」
そのためにか、キャスパーは珍しく靴を履いていた。二人で一台分を借りると、オドワードはキャスパーの後ろに跨る。キャスパーの方から「しっかり掴まってろよ」と言ったくせに、いざ腰を掴まれるとドキっとしてしまう。赤くなった顔を見られないようしっかり前を向いて、グリップを回した。人通りの少ない路地を突っ切って、あっという間にメストラスを抜け出す。風の香りや、温度が街中とは違っていた。青空がどこまでも広がっていて、割れた月の細かい破片までよく見えた。草原の中の道を、車輪のエッジがガタガタと穿って揺れる。その度に二人の身体は密着して、同じ方向に揺れた。道端に落ちた大きな水晶の陰に車を停めると、草原に飛び込むように寝転がる。
自分の方からオドワードを抱き締めたい、正面を向いて抱き合いたい、とキャスパーは思っていた。いつもの街並みが過ぎ去って現れた景色をきれいだとは感じたが、それ以上に背中にあるぬくもりのことで頭がいっぱいだった。草原の道をちょっとでも外れてしまえば、人の気配や声は少しも感じられなくなる。大小様々な虫たちだけだ。それはまるで、世界に二人っきりのようだった。
「何見てるの」隣に仰向けになっているオドワードにいっそうすり寄って尋ねると、オドワードは浮島の一つを指差した。鳥に似た虫が崖の突起に二羽並んでいた。オドワードは指を、そのままキャスパーの唇に当てる。黙って耳を澄ましていると、キャスパーの耳にも求愛のさえずりが聴こえてきた。切なく、必死に訴えかけるようなメロディーだった。
突如、メロディーが二重になる。オドワードの指先に、あの鳥がとまっていた。鳥はオドワードの指からキャスパーの肩へと跳び移ると、光が砕け散るように消えた。
「今度はお前が歌う番だ」
「へたくそな口笛への返歌、難しいな~」
キャスパーはオドワードを抱き締めると、唇を重ねた。舌を滑り込ませて絡めると、まだ十分酸素があるうちに離した。
「今、キスの中で歌ったよ」
「もっと聞かせろよ」
二人は、青空の下でキスばかりしていた。触れあうことに飽きるということがなかった。いちゃつく合間に時々どちらかがひねくれた話をしても、今はそれすら愛おしくてたまらなかった。少し日が傾いて来た頃、オドワードが放置された車輪を指差して言った。
「帰りは俺が運転したい」
「じゃあ、運転を教えるよ。ちゃんとナビ通りに走らせてよ?」
今度はオドワードの後ろにキャスパーが跨がって、しっかりと腰を掴む。こっちがエンジンで、こっちがブレーキ、曲がる時は、と一通りの説明を聞くと、オドワードは慎重に車を走らせた。メストラスに入る前に、外周の道へと左折する。
「どこ行くの!?」
「まだ門限まで時間はあるだろ? もう少し走るぞ」
夕陽が射し始めた草原を、二人を乗せて車輪は回る。オドワードの腰にしっかりとしがみつきながら、キャスパーは、これが永遠に続けばいいのにと思った。そして、小さく歌を口ずさんだ。
