0826 Day 3: Beach『波打ち際の瞬間』
遊泳シーズンの浜辺は賑わっていた。少なくとも、二十四人以上はいた。なぜか海に行きたくなった八人が同じ寮やクラスや部活の友達を誘って、あれよあれよと三倍もの人数になったのだから。勿論それだけではない。賢者の島の地元住人も、学年末試験を終えたNRCやRSAの生徒も羽を伸ばしに繰り出して、あまり広くもない浜辺は人でごった返していた。
なぜわざわざ暑い思いをして人だかりに、と平均的なNRCの生徒なら冷笑しそうなところだが、ひとたび裸足で砂を踏んでしまえばもう抗えない。友達と非日常的な場所に、非日常的な支度をして立っているという感触は、彼らをはしゃがせるのに十分だった。波打ち際でじゃれ合って、見様見真似のプロレス技をかけているまではいい。かわいいものだ。問題は、一部の生徒が地元住人への迷惑行為——つまりは、ナンパを始めたことだった。
「今すぐそのご婦人から離れるんだ! ナイトレイブンカレッジの評判を落とすのは許されないよ!」
「げえっ! ハーツラビュルの寮長!」
「副寮長もいるぞ!」
折角水着に着替えて、パラソルまで立てたのに、リドルときたらこれを取り締まるために浜辺を見回っていて、少しも遊ぶ暇はなかった。
「寮長、ちょっとは泳いだんですか?」
リドルが遊んでいたエースとデュースに声をかけられて唖然としたのは、日が沈みかけて何割かの人々が帰りはじめた頃だった。さすがのリドルも膝をつき、力なく夕陽を見つめた。
「ボクは……何のために、海に……?」
「リドル、これを見てくれ」
そんなリドルの眼前に、魔法石ほどの大きさの青いガラス片が差し出される。面も辺も角も全てが削られて、曇り空のように透明度を失ったそれは、まるで飴玉のようだった。シーグラスだ。軽音部の面々と遊んでいたケイトも覗き込んで、「めっちゃ映えるじゃん、今日の思い出だね」と感嘆の声を上げる。
「随分浜辺を歩き回っただろ? おかげでシーグラスも貝殻もたくさん拾えたよ」
リドルはシーグラスを受け取ると、夕陽にそっとかざした。光はまったく同じままでは貫通せず、ほのかに透けて見えた。トレイが持っているバケツの中の流木を手にとって眺める。なめらかになった部分を指でそっとなぞる。貝殻を手にとって眺める。生き物が生きていた名残を感じ取る。
「これを見ながら潮の流れや自然環境のことを考えるのも楽しいんじゃないか?」
「……まだ、遊びは終わっていないんだね、トレイ」
リドルは顔を上げた。バケツを置いてトレイの手を取ると、波打ち際へ踊るように駆け出していく。すっかり人の減った海へ、足を浸した。最後に一度だけと、トレイもわかっていて、微笑んで一緒に走っていく。踏まれた水が飛沫を上げて跳ねた。リドルが体当たりのようにトレイの身体を抱きしめると、トレイも抱きしめ返す。
「昼間、こうして身体を持ち上げて水面に叩きつけている奴もいたね」
「フロントスープレックスだな。ケンカじゃなくてよかった」
「格闘技を真似る遊びがあるなんて、驚いたよ。投げられる側は楽しいのかな」
「やってやろうか? 気をつけてやれば、そんなに危なくないと思う」
「ううん。……このままがいい」
夕陽の中、ぴったりと抱き合う二人は一つの影になる。また来ような、今度は目一杯遊ぼう、とトレイは囁いて、リドルも頷いた。だが、少しずつ暗くなっていく空は、今という時がもう二度と訪れないことを伝えていた。だから二人は、なかなか腕を離せないでいた。
